ほどほど庭の tayora koffie☕

子育て・仕事・趣味について ほどほど庭でお茶しながら話しませんか

わたしの理由

今まで「あの高校がいいんじゃない。」とか「あの高校はやめておきなよ。」とか「そんなに遠いところは体が心配だからダメ。」とか、心の中で小さく思っていても決して言葉にしないよう我慢してきました。
(その理由はわたし自身の受験の思い出に遡るのですが、その話は長くなりそうなので機会があれば‥‥と思っています。)

その理由について書きます。

  

わたしは公立小学校だったにもかかわらず、教育のモデル校とされている小学校に通っていたために、受けていた授業がちょっと変わっていました。

特に算数は教科書をほとんど使わず、先生が投げかけた問題について、どんな解き方があるかをミニ黒板に書いて発表するというスタイル。

ワークもなく、テストもほとんどありませんでした。
毎日、自分の意見を発表したり、友だちと話し合ったりして勉強します。
(今でいうアクティブラーニングですね。その頃にはそんな言葉もなかったと思いますが。)

校庭が広く、毎日校庭や裏庭を駆けまわり、どろんこになったり、水遊びしたりして楽しい毎日でした。




そんな小学校から、小6のときに引っ越しをしました。
社宅から家を購入しての引っ越しです。
引っ越しと言っても、隣の学区に。
でも‥‥1つ隣というだけなのに、学校の雰囲気が全く違っていました。



わたしは、今までいた学校が変わっているということに気づいていませんでした。

今までのように、授業で「ハイ!」と手を挙げるとみんなの白い目。
係や学級委員も前の学校では争奪戦だったので、その気持ちのまま「ハイ!」と手を挙げるとまた白い目に。


ワークがあり、テストがある(当たり前ですね)。
なにこれ、今までと友だちも勉強も全く違う(T_T)

それからは、なるべく目立たぬよう、やる気のないように装って過ごすようにしました。
やる気がないように装っていると、本当にやる気が低下していきました。




中学生になっても、わたしの行き詰まり感はそのまま。
どうやってテスト対策の勉強をしたら良いのかが分かりません。

1人プカプカ浮いているような疎外感。


何もかもがつまらない‥‥。
その頃のわたしの成績は全体の中で、中の下でした。



高校をどこにしたい、なんて考えもしなかった。
行けるところに行ければいい。
高校見学には1校も行っていません。

担任の先生には「〇〇高校だな。」と地元の高校を勧められていました。
別にそこでいいよ、と思っていました。

そして中3の夏から、塾に行くことに。
周りがみんな行っていて、母も焦ったのだと思います。
たいして期待せずに行ったのですが、行き詰っていた数学が「わ…わかる‥‥」

2学期からじわりじわりと成績が上がっていきました。



心の中で〝〇〇高校ではなくて、△△高校に行けないかな〟という気持ちが芽生えてきました。
塾の先生は「絶対合格ではないけれど、合格の可能性もだいぶ見えてきたね。」と。


ある日、それを母に伝えます。


その時の母の言葉。
「どこを受けてもいいけれど、公立高校を落ちたら、働いてね。」という言葉でした。
それは、どこを受けてもいいという言葉ながら、確実に受かる〇〇高校を受験しなさいという意味なのだと分かりました。


わたしは〇〇高校に通います。
レベル的に無理しないで入った高校ですので、順位は上位。





高校3年生での進路選択です。
その時わたしは〝幼稚園の先生〟と〝旅行に関する仕事〟の2つ職種への憧れを持ちはじめていました。
自分で模索する中で、東洋大学の観光学科というところを見つけます。
「わー、面白そう✨」
ある日、それを母に伝えます。



その時の母の言葉。
「東京⁉東京なんてダメ。県内ならいいわよ。出来れば家から30分くらいの場所にしなさい。大学は無理。短大ならいいけど。別に進学しないで、働いてもいいんだからね。」と。

それは働くか、県内の短大かの2択しかないのだと。





今まで何度か自分の意見を伝えてみたことはあります。
その都度父から、
「自分の好きにやるのは、自分で稼げるようになってからにしろ。」
「親にものを言うのは、せめて自分で働いて自立できるようになってからにしろ。」
と言われました。

その言葉は、口に蓋をされたかような気持ちになりました。
そう言われたら、もう何も言えません。

何度かそんなことがあって、諦めることを学んでいきました。





そして、家から30分の保育系の短大を見つけて、推薦で入学しました。
レベル的に無理しないで入った短大なので、順位は上位。
学長賞を取って卒業しました。

学長賞なんて、今生きていく上でなんの得にもならないです。



わたしは今の自分に不満はありません。
今の仕事も好きです。
短大に行かせてくれた両親に感謝もしています。


でも、時々あのとき、あの道を選択していたら?と考えてしまうことがあります。
自分で選択したかったという思いは小さくずっと残っています。





これがわたしの理由です。



どんな道を選んでも応援するよ。

自分の納得出来る道を歩いてね。