たよらこそだて

幼稚園教諭と保育士経験をそれぞれ10年以上。自閉症児やダウン症児の加配、息子の子育てから学んだあれこれを書きます。

【自閉症児Fくんの卒園式】こだわり、つば吐き、昼寝問題…たくさんのことがあった2年半

自閉症児Fくんとの二年半を振り返る

はじめて会った時のことを、今も時々思い出します。三歳児にしては、かなり大きな体。目がくりくりしていて、周囲のものを良く観察していました。 

 

理解出来ず、埋まらない壁

お互いに慣れない園生活で、不安がいっぱい。

わたしはただ、オロオロする日々が続きました。

なかなか前に進めないでいたとき、特別支援学校のT先生が現れました。

支援が必要だったのは、Fくんだけではなかった。

T先生はFくんにもわたしにも同じように、気持ちに寄り添ってくれました。

そして、毎回ひとつだけ目標をくれました。

自閉症の子は、自分の中で決めたルールを守ろうとしたり、物事に強いこだわりを持つ特徴が多くみられます。

こだわりとの戦い

Fくんもこだわりが強く、家から着てきたウィンドブレーカーを日中暑くて汗がダラダラになっても、脱ごうとしなかったこともありました。
食事にも強いこだわりがあり、入園当初は白米・肉・魚のみしか食べませんでした。
水に強い興味を持っていて、ずっと水を流して触れていたいようでした。

「そろそろおしまいにしましょう」と言っても、蛇口を閉めることが出来ません。

ウィンドブレーカーを脱がせようとしたり、蛇口を止めようとすると手をつねったり、体当たりをしたり、時には関係のない近くにいる人や物に向かって行ったりもしました。

担任の先生に向かって行ったときに「もうやだ~。そういうの、やめさせてくれる」と真顔で言われ…どうやって?と泣きそうになりました。

T先生の時々の訪問のおかげで、わたしとFくんの中に信頼関係が芽生えてきました。

…そう感じていたある日、つば吐きが始まりました。

つば吐きの日々

Fくんの気持ちに寄り添い、穏やかに過ごせたと自分の中で思えた日の帰り、さようならの代わりにつばを吐かれた時の悲しみ。 

仕事を終えて、学童へ迎えに行く前に気持ちを切り替えよう。

泣いた後の顔で「ただいま」と言いたくない。集団生活に慣れずに頑張っていた希生を、笑顔で迎えに行くと決めていました。 

車を走らせながら、窓を開けて

「うぉーーー!」

と叫びました。

周囲が田畑の道を車で走りながらとはいえ、すれ違ってしまった方や聞こえてびっくりされた方がいたらごめんなさい。

昼寝が出来ない

自閉症児は起きると寝るの間の、あいまいな時間が苦手なのだそうです。

眠いけれど、体を揺らして自らを叩き起こすような行動がみられました。

寝ることを目標にはせずに、体を休ませる時間を取ることを目指して奮闘します。

わたしが10~20分の休憩中は他の先生が代わりに保健室でFくんと過ごしました。

Fくんに対して好意を持っていない先生の日には、その時間ずっとつばを吐かれたようです。

相手が自分に対してどう思っているのか、隠そうとしても見えてしまう。

障害のある子は、人間の本質を見抜く力が研ぎ澄まされているのだと思います。

 

Fくんの変化

Fくんの成長は他の子とは違っていたかもしれない。でも成長した場面は数えきれないほどありました。

パニックになる回数が減り、身振り手振りで気持ちを伝えようとする場面が出てきた。

単語が出てきて、相手に伝えようとする姿が見られた。「せんせ」と呼んでくれたときの感動は忘れられません。

好きなものしか口にしようとしなかった初期。少しずつ野菜も口にするようになりました。

悲しいときには怒って壁にぶつかっていたのが、抱きついて泣いて誰かと悲しみを共有しようとするように…。

大きな成長です。

 

Fくんのご両親の変化

入園してしばらくした時に、Fくんのお母さんが言いました。

「うちの子はいつになったら、普通の子になりますか」 

時が止まったように感じて、わたしは何も言えませんでした。

自閉症は生まれつきの障害で、病気ではありません。

周囲の働きかけや環境で、特性を目立たなくしたり、生活の中へ活用する方法を探します。

 

入園後しばらくして病院で診断を受けて、療育へ通い始めます。

療育で学んできたことを家庭でも試していきます。

自閉症について、そして対応方法を知るまではFくんの行動がワガママに思えて、ご両親ともきつく叱ることがあったようです。

お二人の車のナンバーは、どちらもFくんの誕生日でした。Fくんを愛して、先々を思うがゆえに、悩み叱っていたのだと思います。

Fくんが変化する時には、必ずご両親の変化がありました。

 

卒園式に参加するかしないか

そういう議題が出たこと自体が不信感でいっぱいでした。

卒園式はFくんのためでもあって、他の子のためでもあるからと…。

もちろんそれを否定する気はありません。

でも、どうやったら参加が出来るのかを先に考えて欲しかった。

 

最終的には、Fくんの出番までは別部屋で待機をして、会場に入る時には母が隣に座るということになりました。

わたしは非正規職員のため、卒園式の日の時給は出ません(園や市町村によります)。ボランティアとしてなら参加可能と言われました。

 

Fくんがいつもと違う環境に戸惑う姿は、安易に想像出来ました。

ボランティアとして式に参加しました。

ほとんどの時間を、別部屋でFくんとFくんのお母さんと待ちました。

会場にいたのは、卒園証書をもらうほんの少しの時間でした。

無事に証書を受け取った姿を見れた時、肩の荷がおりるような感覚がありました。

 

卒業後の進路

Fくんは卒業後、特別支援学校へ進みました。

一度見学に行ったことがあります。背は伸びてたくましく、少しほっそりしていました。

今は…中学生ですね。

どんなふうに過ごしているのかな。

一緒に過ごした二年半の間、仕事を辞めたいと思ったことは数知れません。

本当にダメな先生です。

でも、辞めなくて良かった。

辛さから逃げていたら、きっと後悔していたと思います。

Fくんとの生活で学んだことは、その後のわたしに大きな影響を与えています。

出会えたことに感謝しています。

乗り越えるために力を貸して下さったT先生はじめ、たくさんの方にも改めて感謝致します。 

 

 

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