幼稚園教諭と保育士経験をそれぞれ10年以上 自閉症児やダウン症児の加配、息子の子育てから学んだあれこれ

たよらこそだて

保育・教育

保育「おれはさきにおしてない!」子どもの気持ちに寄り添い見えたもの

ある日、年長組の男児2人が怒りながら泣いていた。

その周りで、クラスメイトが一生懸命状況説明をしている。

「げんたがはるをおしたんだ」

「それではるがけがをした」

(げんた)「ちがうよ、はるがさきにおしたんだ!」

「げんただろ」

「そうだ、げんたがさきにおしたんだ」

みんなの声をまとめると、どうやらげんたくんがはるくんを押して怪我をさせたらしい。

皆に責められて怒っているげんたくん。

服は汚れ、手に怪我をして泣いているはるくん。

「教えてくれてありがとう。はるくんの消毒しながら話してくるね」と周りの子に伝えて医務室へ向かった。

ある日の5歳児保育

歩きながら泣き続けるはるくん。

怒り続けているげんたくん。

「悲しいね」「怒りたいよね」それぞれの気持ちに寄り添う。

「どうしてはるくん、怪我しちゃったんだろう…」

「だってね、さきにはるがおしたんだ!」

「そっか、はるくんに押されたのが嫌だったんだね」と受け取り、「どうしてはるくん怪我しちゃったんだろう…何か知ってる?」と聞くと「おれがおした…でも、はるがぜったいにさきなんだ」と言った。

「うん、押されたのが嫌で押し返したんだね」「先に押してないのに、皆に責められて嫌な気持ちになったんだね」と言ったとき、げんたくんと初めて目が合った。

「悲しかったの?寂しかった?」と聞くと「さびしいきもちになった」と。

自分の気持ちに気づいたとき、げんたくんの強ばっていた表情が緩んだ気がした。

「おれはさきにおしてない」の裏側にある大切にしたいもの

「そっかぁ、どうしてはるくんは、げんたくんを押したんだろう」と聞くと「あのね、はるがウ〇コもらしたっていったから…」と言う。

それは、言っちゃだめな言葉じゃん!と口から出そうになって慌てて止めた。

わたしの思考で良い悪いの判断はしない。

「なるほど、もらしたって言っちゃったんだね……はるくんは、そう言われてどんな気持ちになったの?」と今度ははるくんに聞いた。

「イヤだった…」と泣きながら小さい声で言う。そりゃ、嫌だったよね~。

「もらしたって言われて嫌な気持ちになったんだね。それで押しちゃったの?」と聞くと頷いた。

医務室で消毒をしながら「もしも、みんなにウ〇コもらしたって言われたらどんな気持ちになるだろう」とげんたくんに聞く。

「イヤなきもちになる」と素直に答えた。

「そうだよね、イヤな気持ちになるよね。恥ずかしいし、悲しいし、悔しい気持ちになるかもしれないね」

少し前まで怒りで満ちていた顔とは別人で、反省している顔だった。

小さい声だったけれど、自然と「はる、ごめん」と言葉にしたげんたくん。

はるくんは「いいよ」と言った。

そばにいる大人ができること

怒りや悲しみの内側には、大切にしたいことがある。

もらしたことを言われて悔しくて先に押してしまったはるくんの心には、尊厳があったはず。

先に押していないのに、皆から責められて寂しさを感じたげんたくんの内側にはみんなとつながりたいがあったかもしれない。

それぞれの気持ちに寄り添うことで見えてくるものがある。

わたしが良い悪いの判断をする必要はない。

子ども同士で解決できそうなときは、信じて待とう。

こじれてどうにもならないときには、その時に自分の中にある感情を一緒に見つけ、自分がどうしてそうしたのか、何を大切にしたかったのかを理解する手助けをする。

「いい仲裁役にならなきゃ」「もっとうまく子どもの気持ちを読み取らなきゃ」から解放され、わたしができることはシンプルなんだって気づいてから、保育が楽しい。

寄り添いたいから、まずは息を大きく吸って肩の力を抜く。

自分の中にある「こうするのが当たり前」「~すべき」を取り払い、真っ白な自分になる。

とはいえ、これが難しくて1つの「べき」に気づいて取り払うと、次の「べき」に気づく、の繰り返し…笑。

わたしはこんなに「~すべき」に憑りつかれて暮らしてきたんだなぁ、と思う。

今日のワンチャレンジ・子どものケンカ

どちらが良い悪いかをジャッジをすることをやめて、それぞれの中にある感情に耳を傾ける

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