たよらこそだて

幼稚園教諭と保育士経験をそれぞれ10年以上。自閉症児やダウン症児の加配、息子の子育てから学んだあれこれを書きます。

封じ込めた感情はどこへ?母への感情を吐き出したその後

前回の記事をたくさんの方に読んで頂き、ありがとうございました。

今日は、気づけないままの感情がまだたくさんあったこと。その感情はどこから来てどんなふうに作用するのか、わたしが感じたことなどを書いていきたいと思います。

 

 

ワークで次々に発見した感情と願い 

講座と講座の間には、仲間と一緒に自分を探るワークがあります。

一人ではなかなか探れない感情を、仲間の助けをもらって掘っていきます。

自分の身の回りで起こった出来事から、本当はどんな願いがあったのか、その感情がどこから来るのかを探ります。

自分の感情が動くのはどんなとき?

一緒にワークをした仲間のSちゃんが同種の職業で、どんな保護者に対して感情がふれるかについて話しました。

わたしが悲しい、怒りを感じる保護者の姿は「子どもを見ていない」「子どもの気持ちを抑えつけている」ように感じるとき。

  • 参加保育時や降園時、子どもの姿や気持ちをよそに母同士のおしゃべりをずっとしている
  • 友だちを噛んでしまったり、叩いてしまうわが子に対して力(怒鳴る、叩く)でやめさせようとしている
  • 自分のことでいっぱいいっぱいで子どもの成長を見ていない、気づいても喜べない

そんな姿を見ると、マイナスの感情が動きます。 

Sちゃんの心に引っかかる保護者の姿は、わたしとは違っていました。

 

人によって感情が動くタイミングやきっかけが違う!なぜ?

この違いって何だろう!という二人で抱いた疑問。 

お互いの感情を掘っていく中で見えてきたのは、そうして欲しかったけれどそうしてもらえなかった自分でした。

親に見てもらえていなかったと感じている自分。

抑えつけられて育ってきたと感じている自分。

見てもらえなくて淋しかった自分。

もっと見て。

抑えつけないで。

どんなわたしでも愛してるって言ってよ…

自分の奥底に眠って蓋をしている感情が、フラッシュバックのように甦って感情を揺さぶっていました。

共感出来るか出来ないか 

最近職場の同僚と話した時にも、同じようなことがありました。

同僚は、細かく園に要望を伝えてくるAちゃんのお母さんに対してマイナスの感情を持っていました。

わたしはAちゃんのお母さんに、マイナスどころかプラスの感情をもっています。

自分が希生を育てていたときに、感じていた不安、子どもへの心配と似ていると感じたから。それを同僚に伝えたら驚かれました。

反対に友だちを噛んでしまうBくんのお母さんが、Bくんを感情的に叱る姿にわたしはマイナスイメージを持っていました。

それに対して同僚は「理解出来るから、特には感じない」と言いました。

同僚のお子さんは友だちに手を出してしまうことが何度もあったそうで、相手に迷惑をかけてしまう心配が理解出来るからだそう。

 

感情に「よい感情・悪い感情」はない

目の前で起きたこと=相手の感情が悪いのではない。

自分の中に眠っている感情が、よい悪いの判断をしている?

蓋をして閉じ込めたり、追い払ったりしたはずの自分の感情は、いなくなったふりをしたまま自分の中で生き続けている?

 

普段「わたしがこう思ったのは、〇〇が〇〇だから」と考えていることが多くありました。

例えば「わたしがイライラしているのは、あの人が非常識なことをしたから」「わたしが悲しくなるのは、夫が理解してくれないから」と思っていた。

感情に「よい感情・悪い感情」はない。感情は、その奥にある「本当に大切にしたいこと」を教えてくれるメッセージ。


f:id:tayorako:20190810132849j:image

 

わたしの中にある母への思い

講座を受けようと思った理由で大きな割合を占めていた、母への思い。

講座の中でその思いを吐き出して、聡子先生と仲間から願いを引き出してもらいました。

そのワークを受けるまでは、母の愛を感じられない自分を受け入れられず、いつか母に受け入れられたいという思いがありました。 

その中にはどんな自分を演じたら母に受け入れてもらえるのだろうという気持ち。

母を変えるには、どんな方法があるのだろうという思いが隠れていました。

ワーク終了時に見えたもの

ワークが終わるときにボロボロ泣きながら出てきたのは全く違う願いでした。

「母がどんな母でもゆるがない自分でいられる方法が知りたい」

わたしの向かう方向が変わりました。

沼の底を見つめて彷徨っていたのが、水上に差し込む光を見つけて浮上した気持ちでした。

母との久しぶりの対面

そのワークが終わってから1週間後、母と会うことがありました。

母にとって正解でないことを言ったら、無視される不安。

会うときは、ストレスで押し潰されそうに居心地が悪い。

母は相変わらずわたしには興味がなく、自分の興味や近況を一方的に話していました。

話を聞きながら「早く帰りたいって思っている自分がいるな」「気づいてもらえなくて淋しい自分がいるな」と感情をキャッチする練習を続けていました。

そうして時を過ごして帰宅したあとに、いつもと違うことに気づきました。

疲れていない!

いつもなら数日疲れて、負の感情でいっぱいになっているのに。

今までは自分の感情を放置して、母の言葉を無防備なまま受け止めていました。 

 

 

まとめ 

自分が向かいたい場所が見えた日から、見える風景も感じる心も変化しています。

その変化が、夫や希生の奥に眠る感情は何か…という視点に結びつけてくれました。

 

母と通じ合えたわけではありません。

母は変えられない。

わたしが変わる。

どんなふうに変わりたいが自分の中でくっきりと見えて、そこに向かいたいと思っていることに、今喜びを感じています。